睡眠不足を誘発する3つの要素

1)精神的なトラウマの影響

トラウマ(心的外傷)を経験すると、心身の健康に問題が発生するリスクが高まる。そしてこれが引き金となって、眠りの質に影響を与えるおそれもあると、睡眠財団(the Sleep Foundation)は指摘する。

トラウマには、個人的なものと、代償的なものがある。個人的なトラウマとは、苦痛を伴う出来事をその人が直接体験した場合に発生する。一方、代償的トラウマとは、誰かのトラウマ的な体験を見聞きしたことによって生じる心の傷を指す言葉だ。

トラウマが生じるような出来事のあとには、さまざまな睡眠障害が発生する。その一つが、トラウマ関連睡眠障害(TASD:trauma-associated sleep disorder)だ。TASDは、トラウマに関連する悪夢や、睡眠時随伴症(入眠直前、睡眠中、または覚醒したときに起きる異常行動あるいは好ましくない体験)などを特徴としており、PTSD(心的外傷後ストレス障害)とも共通する部分があると、学術誌のSleep Medicine Clinics journalに2024年に掲載されたレビュー論文は述べている。

トラウマを引き起こす出来事の後によく見受けられる睡眠に関する問題には、神経過敏や過覚醒などがある。これは、不眠症の症状とも共通する部分だ。

加えて、トラウマ的体験をしたあとには、寝付きが悪くなり、眠ったあとも途中で目が覚めてしまうことが増え、再び眠りにつくのに困難を覚える人が多い。直接的にトラウマと結びつく睡眠問題に対応するには、トラウマについて知識豊富な者による効果的な治療処置が必須だ。

2)過労による心身の消耗

睡眠は心身の健康にとって非常に重要だが、先日、学術誌のInternational Journal of Social Psychiatryに掲載された研究論文にもあるように、過労も、睡眠に関する問題を引き起こすおそれがある。

過労は、生活の質(QOL)を低下させ、寿命に悪影響を与えるほか、生産性の低下にもつながる。多忙を極める著名なビジネスパーソンの中にも、この問題に目を向ける者が出始めている。

例えば、ニュースサイトのハフポストを創設したアリアナ・ハフィントンは、極度の疲労により意識を失って倒れた自身の体験から、健康と生産性の関連性の追求に情熱を傾けるようになった。これがひいては、燃え尽き撲滅を目標に掲げるプラットフォーム、Thrive Global(スライブ・グローバル)の設立につながっている。

テスラやスペースX、X(旧ツイッター)のイーロン・マスクCEOも最近、今は少なくとも1日6時間の睡眠を確保するよう努めていると発言した。また、ビル・ゲイツも近年は、十分な睡眠、具体的には1日7時間以上眠ることの重要性を指摘している。過労は、決して名誉の勲章ではない。睡眠を最優先させ、働き方を変えなければならないことを伝える警鐘としてとらえられるべきだ。

3)眠る場所の環境に問題がある

睡眠の質を向上する取り組みには、寝る前のルーティンの有効性(あるいは非有効性)が関わってくる。しっかりと休める環境づくりは、良好な睡眠衛生の確保に欠かせない要素であり、環境条件(室温、騒音、光、寝床の快適さ、眠りを妨げる電化製品)を理想的な状況に保つことが大切だ。

米国立衛生研究所(NIH)によれば、こうした環境条件は、適切な睡眠の確保、ひいては睡眠に関連する全体的な健康度に大きな役割を果たし得る。だが、物理的な環境条件だけでは十分ではない。理想的な睡眠環境をつくるには、眠りにつく前の時間帯に、落ち着いた精神状態を保つことも必要だ。

そうした対策の一例としては、「暗いニュースを見聞きしないようにすること」が挙げられる。こうしたニュースをきっかけに、ネガティブな考えが止まらなくなり、過覚醒がひどくなる場合があるし、前述した代償的トラウマに陥るおそれもある。

一方で、今の社会に存在する「睡眠の不平等」についても、無視することはできない。学術誌のBehavioral Sleep Medicineに掲載された新たな研究によると、都市部の貧困に関連する環境要因(騒音、不快な室温、光に照らされる環境など)が、子どもの睡眠を阻害し、喘息症状の悪化につながっている可能性があるという。

確かに、睡眠については、個々人が適切な環境を設け、新たなアプローチを取り入れ、それぞれの環境で自分にとって効果的な対策を取るべきだ。とはいえ、良好な睡眠環境の確保は、単なる個々人の責任として扱われるべきではない。悪化する一方の睡眠健康問題に対処するリソースに欠けている人たちに対しては、社会が公平性を担保する制度を導入することもできる。具体的には、睡眠に関する教育やリソースを提供する地域単位のプログラムや、健康的なワークライフバランスを促進する政策などが考えられる。

睡眠が私たちの心身の健康や生産性と深く関係していることについては、ずっと以前から多数の研究が発表されている。最近になって事態に進展は見られるものの、睡眠不足はいまだに、私たちの社会が抱える問題だ。睡眠の優先度を上げることで、意思決定や創造性、生産性は大幅に改善する。