疲れた状態から素早く回復するにはどうしたらいいのか。スポーツトレーナーで理学療法士の中野崇さんは「『疲れにくさ』や『疲労からの回復力』はトレーニングによって誰でも高められる。まずは固くなっていないか、セルフチェックしてほしい身体の部位がある」という――。
※本稿は、中野崇『最強の回復能力 プロが実践するリカバリースキルの高め方』(かんき出版)の一部を再編集したものです。
疲労は「筋肉」の酷使だけが原因ではない
特に筋肉を酷使したわけではないのに、なんとなく疲れているという状態は、多くの人が経験しているのではないでしょうか。
このことは、疲労が筋肉だけで起こるわけではないことを意味しています。
たとえば「食欲がない」「やる気が出ない」なども疲労症状の一つです。筋肉の疲労状態と同じく、やはり高いパフォーマンスは発揮できません。
疲労の原因はさまざまです。
実は、回復能力を高めるためのターゲットは筋肉だけにとどまりません。呼吸や自律神経、内臓や皮膚など多岐にわたるので、筋肉をケアするだけでは不十分なのです。
「疲労」と言うと、多くの人が「疲れた~」といった実感がともなう状態をイメージするかもしれませんが、本書(『最強の回復能力 プロが実践するリカバリースキルの高め方』)で言う「疲労」はこれに限らず、身体の部位への自覚していない負荷や酷使の積み重ねも疲労状態として扱います。
疲労には大きく分けて次の4種類があります。
1 筋肉疲労
2 内臓疲労
3 脳疲労
4 精神疲労
内臓が疲れていたら、いくら食べても回復しづらい
スポーツにおける疲労に内臓疲労や脳疲労が関わっていると言われても、なかなかピンとこないのではないでしょうか。
内臓とは胃と腸のことで、それぞれ次のような働きがあります。
・胃⇒消化
・小腸⇒消化・吸収
・肝臓⇒解毒と糖コントロール
・大腸⇒水分吸収や便の形成と排出
内臓疲労によって、消化・吸収能力が低下すると、疲労回復に必要なだけのエネルギーが摂取できなくなります。このような状態でいくら栄養のあるものを食べても意味がありません。吸収されなければ、栄養として利用できないからです。
点滴で血管に直接栄養を注入することがありますが、これは、体調不良などで内臓の吸収状態が低下しているためです。
内臓疲労も、実は筋肉疲労と同じく酷使されることで起こります。内臓を酷使するイメージがちょっと湧きにくいかもしれませんね。
そもそも消化・吸収は内臓に負担をかける行為です。分解・消化・吸収・解毒には多くのエネルギーを必要とします。
特に、冷たいもの・脂質が多いもの・添加物が多いもの・生ものの摂取、飲酒・服薬は内臓への負担が増えます。あまり噛まずに飲み込むことや、食べすぎ、寝る前の食事も同様です。
内臓の酷使はおもに食べ物の消化・吸収に関わっており、内臓疲労は生活習慣と深く関与しています。そのため食事の見直しなども必要です。
お腹が固まるとパフォーマンスや疲労回復に大きく影響する
内臓疲労はおもに「お腹が固まる」という症状として現れます。
実は胃や小腸・大腸といった内臓は、非常に疲れが溜まりやすい部分です。内臓も筋肉なので、疲労が続くと衰えて薄くなったり、固くなったりします。その結果、消化吸収能力が低下していくのです。
疲労の蓄積や加齢が進むと、ちょっと食べすぎたりすると翌朝まで胃のもたれや不快さを持ちこしてしまい、お腹やみぞおちあたりからくる不快感に苛まれるようになります。これらの不快感も、内臓の筋肉の衰えからくるものです。
「内臓やお腹の固さなんて気にしたことがない」
「パフォーマンスに影響するなんて考えたこともない」
そんな選手は多いですが、実際にお腹の固さを改善することでパフォーマンスが向上するケースは非常に多いです。
お腹が固くなることは、明らかに疲労症状です。
腹圧が使えなくなるので体幹が不安定になり、それを補う形で腰が過剰に固まって、痛めやすい状態になります。これではパフォーマンスや回復能力に大きなマイナス影響がでます。
腹圧とは腹腔内部にかかる圧力のことですが、重いものを持ち上げたりするなど、大きな力を出すときにこの圧力が背骨(腰椎)を保護したり、力をうまく伝達したりする役割を担っています。
お腹が柔らかければ、横隔膜(おうかくまく)や腹横筋(ふくおうきん)(助骨と骨盤の間にある筋肉)、骨盤底筋群(骨盤の底に位置する筋肉の集合体)、多裂筋(たれつきん)(背骨のすぐ横を縦に走る筋肉)などを働かせやすくなり、筋肉に頼らずともコルセットのように体幹を安定させることが可能です。
固くなっていない? すぐできるセルフチェック
お腹が固いことの最大のデメリットは、「横隔膜」の動きが妨げられることです。
呼吸が浅くなるほか、横隔膜による内臓マッサージ作用が働かなくなることで、さらにお腹の固さは改善しにくくなります(横隔膜は身体を深部から柔らかく保つうえで、もっとも大切な部位の一つです。『最強の回復能力 プロが実践するリカバリースキルの高め方』の第3章でより詳しく解説します)。
さらに、内臓を包む膜である「腹膜」も固めます。腹膜は腰椎や骨盤にもくっついているので、姿勢や動きに影響を与えます。このように、お腹が固くていいことは一つもありません。
実際、トップアスリートのお腹を触ると、奥までお餅みたいに柔らかく、多少疲労して固くなってもすぐに柔らかさを取り戻します。ぜひ、シックスパックだけではなく、お腹のもっと奥の状態にも関心を持つようにしてみてください。
練習やトレーニング前に、次の2点を確認することを習慣づけましょう。
・お腹を奥深くまで指で押し込んで、固さや痛みがないか
・呼吸の深さはどうか(深いほどお腹と腰が膨らむ)
リカバリートレーニング(=疲労回復能力を高めるための身体づくり)では、おもにお腹の固さを取り除き、横隔膜の動きを正常化させることからはじめます。それにより内臓疲労を改善するほか、循環も向上させます。
深部まで常に柔らかい身体を目指そう
回復能力の高い身体をひと言で表すと、「身体の深部まで常に柔らかく(固まりにくく)、循環(血液とリンパの流れ)がよい状態」です。
リカバリートレーニングのゴールは、このような身体づくりにあると思ってください。
先にお伝えしたように、「柔らかい」といっても、単に柔軟性があるということではありません。重要なのは深部、いわゆる内臓や皮膚など、あらゆる器官まで柔らかいことです。
このような状態が維持できれば「循環がよい状態」と言えますし、練習やトレーニングで多少疲労しても、疲労が蓄積することなく、素早く回復できるようになります。逆も然(しか)りで、循環がよいと柔らかさは保たれます。
さらに力を抜いたときにはフニャフニャに、力を入れたときには鋼鉄のように、抜き入れの幅が大きい、そんな筋肉の状態をリカバリースキルにおける「柔らかさ」と定義しておきます(拙書『最強の身体能力 プロが実践する脱力スキルの鍛え方』で紹介した考え方にも通じます)。
身体には「柔らかさ」と「循環」を高めるさまざまな仕組みが備わっているので、リカバリートレーニングではその仕組みを利用していきます。
身体を柔らかくするのに重要な「横隔膜」
その一つが、特定の部位に現れる「固さ」です。
疲労の症状は特定の部位が「固くなる」ことでわかるとお伝えしましたが、疲労の種類と固くなる部位をあらためて整理すると、次のような相関関係があります。
・筋肉疲労:ふくらはぎを中心に、下半身全般が固くなる
・内臓疲労:お腹が固くなる
・脳疲労:後頭部や側頭部、目や耳の周りが固くなる
・精神疲労:胸椎や胸骨、お腹が固くなる
「深部まで柔らかく」と言われても、たとえば内臓が柔らかくなったかどうかを自分で確認することはできませんよね? ですが、お腹の固さを確かめることで、相対的に内臓の状態を知ることができます。
リカバリートレーニングでは、固さが現れる場所を「重点ターゲット」として設定しています。これらは固さが出やすくなる「要因」に関わる場所も含むので、筋肉だけでなく、関節や内臓なども該当します。
いつでも全身をくまなくケアできる時間があればいいのですが、そんな余裕はない人がほとんどのはずです。
そこで、典型部位を最小限に絞って「重点ターゲット」とし、集中的にアプローチすることで、最小限の労力で最大限の能力を引き出すことができるようになっています。重点ターゲットは次の4つです。
(1)ふくらはぎ
(2)横隔膜(内臓やお腹の血管)
(3)胸椎と胸骨とお腹(特にへそ上)
(4)目や耳などの感覚器
身体を深部から柔らかくする目的において、もっとも重要なのは横隔膜の働きです。
なぜかというと、
(1)横隔膜が上下に動くことで内臓をほぐす⇒身体の深部から柔らかくする
(2)腹圧を保ち、土台となる腹部・腰部を安定させ、腕や脚の力が発揮されやすくなる⇒腰や腕・脚を酷使しなくてすむ
という二つのメリットがあるからです。
リカバリートレーニングは4段階で行おう
リカバリートレーニングは、次の4つのフェーズ(段階)で行います。
フェーズ0:状態把握(現時点での回復能力、疲労状態を知る)
フェーズ1:ほぐす系(柔軟性を取り戻し、回復能力を高める下地づくり)
フェーズ2:整える系(骨格のずれや循環状況を改善)
フェーズ3:鍛える系(深部から循環を促し、働かせるべき部位を働かせる)
これらのフェーズは順序がとても重要です。最終的には「鍛える」フェーズに至りますが、その前段階でこれまでに蓄積された固さをしっかり解消しておくことで、後に行うトレーニングの効果が高まります。
そのため、必ずフェーズ0から行ってください。また、フェーズ0は現状の疲労状態、トレーニング前後の状態変化を確認するために重要です。トレーニングというより、現状の疲労状態をチェックするために活用します。特に回復能力の向上が実感できるようになってきた後も、継続して行いましょう。
ファーストステップとなるフェーズ0では「状態把握」を行います。自分自身の回復能力がわかるだけでなく、その日の状態を知るうえでも非常に有用なので、なるべく毎日チェックしてください。
フェーズ1では身体を「ほぐす系」のトレーニングを行います。これは、疲労によって特に固まりやすい身体の各器官の柔軟性を取り戻し、回復能力を高める下地づくりの役割を持ちます。ゆえに、ここでしっかりとほぐしておかなければ、その先で十分な効果を得られにくくなります。
やってみよう! 「お腹」のチェック&ほぐし方
〈フェーズ0〉
お腹には筋肉疲労や内臓疲労など、さまざまな疲労が「固さ」として現れますが、特に内臓の自律神経などに蓄積した疲労の度合いや血流状態を反映します。
「固さ」の目安は、お腹の厚さの半分ぐらいまで押し込んでも痛みや違和感がないこと。(図表1)
指で深く押し込んだときに痛みや違和感がある、ほかの部位よりも固いという場合は要注意です。(図表2)
〈フェーズ1〉
お腹の固さはおもに内臓疲労の状態を表します。固いところを見逃さないために、お腹を9つの区画に分けて、1区画ずつていねいにほぐすのがポイント。(図表3)
内臓を柔らかくすることで血流がアップします。毎日繰り返すことで固くなりやすい区画がわかりやすくなるので、そこを重点的にほぐしましょう。(図表4)
固さがなかなかとれない場合や、固さを繰り返す場合は、食事習慣を見直す必要性もあります。
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