睡眠不足が慢性化した状態が「睡眠負債」
睡眠不足が数日から数週間単位で続き、睡眠不足が慢性化した状態を、「睡眠負債」という。自分は十分に眠れていると自覚していても、実は睡眠負債を抱えていることもある。
睡眠負債は単なる睡眠不足というだけではなく、仕事に支障をきたす、健康上のリスクになる、といったことが指摘されている。
「たかが寝不足」ではすまない状況なのだ。
睡眠負債を抱えている状態かどうかは、以下の3つの質問でチェックできる。1つでも当てはまれば、睡眠負債を抱えていると考えられる。
▼平日と休日の睡眠時間の差が2時間以上ある(休日のほうが長い)
▼昼間の強い眠気がある
▼昼間に仮眠をとった場合の入眠潜時(覚醒状態から眠りに入るまでの所要時間)が8分を切っている
「睡眠負債は“寝だめ”で解消すればいいという話を聞きますが、研究によると、完全に負債を返すには最低でも3日はかかります。また、人間は必要以上の睡眠をとることができないので、負債を返すことはできても、ためること(貯金)はできません」(柳沢氏)
つまり、寝だめという言葉自体が、正しくないのだ。
一度の徹夜=飲酒した状態と同じ
慢性的な寝不足が問題になる以前に、やってはいけないのは徹夜だ。さすがに、「この歳になって徹夜はしない」という人もいるだろうが、本当に体にも脳にもよくないことがわかっている。
「普段、十分に睡眠がとれている人でも一晩徹夜するだけで、脳パフォーマンスが悪くなります。なぜなら、一度の徹夜は“濃度0.1%程度のアルコールを飲酒した状態”と同じだけの影響が出るとされているからです」
と柳沢氏。徹夜明けは仕事がはかどらないだけでなく、集中力がなくなり、ミスが増えるというのは、まさに「飲酒しながら仕事をしている」状態だからなのだ。
話を睡眠負債に戻すが、睡眠不足は肥満や糖尿病などの生活習慣病、脳血管障害や心血管系疾患のリスクを高めるほか、認知症やうつ病の発症リスクになるとも報告されている。
40代、50代での突然死が昨今、問題になっているが、多方面にマイナスの影響を及ぼしてしまう“自覚していない睡眠負債”こそ、突然死の予備群でもあり、実はかなり危ない状態なのである。
寝る時間がない人は「時間帯」に注目
それでも、仕事や介護、育児などで眠る時間が作れないという人もいるだろう。その場合は、睡眠量を少しでも増やすことに加えて、「寝る時間帯」に注目するとよいそうだ。
「実は最近、睡眠の規則性が病気のリスクと相関するとの研究結果が、出てきています。大規模調査で、睡眠の絶対量よりも規則性のほうが大事だという論文もあります。それらによると、睡眠が不規則な人ほど、病気のリスクが上昇することが示されています」(柳沢氏)
これを応用すると、平日に不足する睡眠を週末に寝だめをする場合、平日の睡眠の中央時刻(例えば、深夜0時に寝て翌朝6時に起きる場合は午前3時)は揃えて、就寝と起床の時間を変える(例えば、夜11時~朝7時にする)とよいそうだ。
これはサーカディアンリズム(体内時計)の乱れとしても説明がつく。
人間の体は規則正しいリズムで働いており、このリズムが乱れると、体調に変化をもたらす。これがソーシャルジェットラグ(社会的時差、社会的時差ボケ)だ。海外に行かずとも、休日の睡眠のとり方が、ソーシャルジェットラグを引き起こしている可能性がある。
先の例でいうと、平日深夜0時に就寝して、午前6時に起きる人が、金曜日の夜に、「明日から休みだから!」といって夜更かしをし、午前2時に寝て、翌日の昼の12時に起きたとする。そうなると中央時刻は午前7時になり、平日に比べて4時間の時差を自分で作ることになる。
「これは、例えて言えば、時差が4時間程度の中近東のどこかの国に金曜日の夜に旅立って、月曜日の朝に戻ってきているようなもの。寝過ぎて調子が悪いというのは、この時差が原因になっています」(柳沢氏)
夜間に十分に眠れていれば起こらないはずの、昼間の眠気。これも睡眠負債を抱えている現代人では、避けて通れない。
「昼間に眠いというのは、特に欧州の人の感覚だと“体調不良の兆候”。異常なことなんです。日本人は、昼間に眠いのは当たりまえという人も多いと思います。
昼間の眠気をとるには、パワーナップ(短時間仮眠)が有効だ。その際に押さえておきたいのが、時間とタイミングの2つだ。
仕事中の眠気はパワーナップが切り札
柳沢氏は、「昼食後から午後2時ぐらいまでに、15~20分以内の短い仮眠をとること」を勧めている。実際、こうした効果的なパワーナップにより、夕方までの脳のパフォーマンスが短期的に回復するという多くのデータがある。
実は、この15~20分以内というのにも意味がある。
これくらい長さだと、深い睡眠に入る前に目覚めることになり、目覚めてすぐに仕事に集中できるからだ。
反対に、15~20分以上眠って深睡眠に入ってしまうと、睡眠慣性といって、目覚めた後もしばらく頭がボヤっとしたり、体がだるくなったりしやすい。長いとそれが1時間以上続いてしまうこともある。
時間帯については、タイミングが遅すぎると夜の睡眠に悪影響を及ぼす。
人間は必要以上の睡眠をとることはできないので、夕方になってパワーナップをとると本格的な夜の睡眠が阻害され、夜眠れなくて翌日、また眠くなるという悪循環に陥る。
また、食後に眠くなるのは、寝不足のほかに血糖値も関係していると柳沢氏は言う。「血糖値が高くなると眠くなるメカニズムは、一部解明されていて、オレキシン神経細胞が関わっています」。
オレキシンは睡眠と覚醒を調節している物質で、柳沢氏が発見した。特に覚醒状態を維持・安定化させる役割がある。
「このオレキシン神経細胞には血糖をキャッチするセンサーがあって、血糖が上がるとオレキシン神経細胞の活動が抑制されるのです。そのため食事をしないときに覚醒方向に働き、食事後に眠くなる。こうしたことが、マウスなどの研究でわかっています」(柳沢氏)
逆にいえば、血糖値を上げると眠りやすくなるという理屈になる。体がひもじい状態では眠れない。夕食が遅すぎて胃がもたれるのはよくないが、あまり早い時間の夕食だとかえって眠れなくなる。
空腹時で眠れないときは、ココアなど軽い糖質を摂るとよいそうだ。
年末年始で睡眠負債を返済する
この年末年始は、公官庁の仕事納めが実質的に12月27日となり、年始の仕事始めが年明け1月6日。比較的、長期の休暇となる人も多いのではないだろうか。
1日に必要な睡眠時間には個人差があるというので、まずはこの時期から2週間程度、睡眠日誌をつけ始めて、毎日の入眠から翌日の起床までの睡眠時間、さらには平日と休日のそれぞれの中央時刻を記録する。
自分が睡眠負債の状態かどうかを自覚し、これまでのポイントを押さえて、この年末年始に睡眠負債の解消に向けて「眠り」を見直してみてはいかがだろうか。
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