登山は、上りと下りで生じる効果が違う
前回の記事では、登山が身体にあたえるプラスの効果のうち、体脂肪の減量効果や体力低下を予防する効果について見てみました。プラスの効果はほかにもまだありますが、長くなるので省略し、それらの要点をまとめて図「登山が健康や体力の改善におよぼすさまざまな効果」のような模式図にしました。
登山のユニークな性質として、上りと下りで生じる効果が違う、ということがあげられます。
上りでは心肺系に対して、下りでは筋骨格系に対して、より大きな運動刺激をあたえ、バランスのよい体力づくりができるのです。
さらに、筋骨格系では、上りと下りとで効果が異なる
筋のことだけについて考えてみても、上りと下りとではその効果が異なります。
人間の筋は、肉眼でやっと見えるくらいの、細い筋線維が束ねられてできています。筋線維は図「筋線維の顕微鏡写真」のように、持久的な運動向きの遅筋線維と、瞬発的な運動向きの速筋線維の2種類があり、両者が混ざって1本の筋が形作られています。
登山の場合、上りでは遅筋線維、下りでは速筋線維が主に使われるため、どちらの筋線維も鍛えることができます。この点、平地ウォーキングでは遅筋線維を中心に使い、速筋線維はほとんど使われません。このことからも、登山はバランスのとれた運動だといえるのです。
登山は有酸素運動の最高傑作
また、遅筋線維を動かす燃料は主として脂肪(脂質)、速筋線維では炭水化物(糖質)が使われます。つまり、上りでは脂質代謝を、下りでは糖質代謝を改善させる刺激となります。図「健康面から見た軽登山励行の効果」で、軽登山の励行者には脂質異常症や糖尿病の人が少ないことを紹介しましたが、山道を上るときには前者、下るときには後者の疾患を、予防・改善する効果が生じているのです。
ほかにも、絶え間なく変化する登山道の傾斜や路面の状況に応じて、足の置き方をさまざまに変え、バランスをとりながら歩くので、全身の筋を活動させる効果があります。そして、それら多数の筋を協調させて動かすことから、脳神経系の働きにもよい刺激をあたえます。また、高い山に行けば酸素の量が減りますが、これには代謝を活発にする作用があります。
このような理由から筆者は、登山は数ある有酸素運動の中でも、最高峰に位置するものと考えています。好きな登山を励行することで、健康や体力をオールラウンドに増進できるのですから、こんなありがたい話はありません。登山は「百薬の長」だといっても過言ではないのです。
さて、これまで登山が身体に与える良い影響を、運動生理学の視点から、その一端をご紹介してみました。
身体への影響が気になるのは、比較的年齢を重ねた成人の方が多いと思いますが、もちろん若い方達にも、心身によい影響があります。ひとつ、興味深いアンケートがありますので、ご紹介しましょう。じつは、このアンケートを通して、次世代を担う若者や子どもたちにとって、登山は非常に重要なの体験なのではないかと、気づかされたのです。
登山と身体の科学 運動生理学から見た合理的な登山術
安全に楽しく登山をするために、運動生理学の見地から、疲れにくい歩き方、栄養補給の方法、日常でのトレーニング方法、デジタル機器やIT機器の効果的な使い方などをわかりやすく解説。豊富なコラムで、楽しみながら知識が身につけられます!
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